※毎度のことだが、以下に述べる考察はすべて、いくつかの事実をもとに憶測を重ねた私個人の考えである。真実のすべては知りようがないし、知ったところで現状を変えることなどできない。あくまでも、後付けの理由によって自己の精神衛生状態を守ろうという「本能の現れ」であるということをご了承いただきたい。
急転直下
アルバムでのメジャーデビューを果たし、いざ発売記念イベントを2日後に控えた夕刻、℃-uteのメンバー、村上愛の脱退および芸能界引退のニュースが流れたのは、私自身について「なぜかはわからないほど」にショックだった。前兆はあったが、これほど急に事態が展開することなど予想していなかったし、村上本人、そして他のメンバーのことを考えても、ただ哀れで仕方がなかったからである。
「10月31日付けで脱退、11月1日に発表」というドタバタぶりは、いかに予定外の事態であったかの想像がつく。月替わりの日付を選んだというのも無意味ではない(何年か先、その日付だけが記録として残り、記憶の代替となる)が、やはり「噂」の存在が大きく影響していることは間違いない。
「噂」とは、脱退発表の1週間ほど前からネット上に広まった、いわゆる「恋愛ゴシップ」である(ここでその内容について詳しくは触れない)。ストーカーが発信源とされるその「噂」は、狼板(2ちゃんねるのモーニング娘。に関する雑談掲示板)で多くの議論を引き起こす「祭り状態」となった。もしも、この「祭り」がその範囲だけで沈静化していたならば、事務所は「噂」の存在を無視し続けることも、あるいはできたかもしれない。
しかし、ゴシップ誌がこれに食いつけば話が違ってくる。低俗化の著しいこれらの「似非マスメディア」は、ネットのモラルなき住人と同様、ことの真偽を確かめるまでもなく、ただ内容の「面白さ」だけを重視して紙媒体に載せるからだ。不思議とも思えるが、いまだに「紙になる」ということは、それなりの権威を伴った情報伝播手段として認知されており、世間的に注目を引くきっかけとなり得やすい。
こと、今回の件に関していえば、「所属ユニットがデビューしたてであること」「本人がユニットにおける中心的存在であること」「ハロプロ自体に最近ゴシップネタが多いこと」など、「彼ら」が喜々として仕事がしやすくなる条件が揃っている。ハロプロ全般もそうだが、特に℃-ute自体、ゴシップをバネにして知名度をあげるような性質のユニットではないことは、これまでの動向からして明白である(別記事参照)。事務所は「紙になる前に」対策を講じなければならなかった。その結果が今回のドタバタ劇なのである。
「狼煙(なんの因果かこのような言葉がふさわしい)」は上がってしまったが、その先の延焼は抑えられた。事実、これをネタとしてとりあげた「似非マスメディア」を、私は現時点で把握していない。恐らくは早い段階での対処が効を奏したのだと思う。結果として「引退」というニュース自体もスポットを浴びることなく、彼女はひっそりと姿を消すことになったが、彼女自身の経歴にもほとんど影響することなく、事務所は被害を最小限に食い止めることができたのだ。
彼女は「きれいなまま」去っていった
意思確認
「噂」に関して、事務所が事前にそのことを把握していた可能性は低い。恐らくは「狼煙」が上がったあと、ネットもしくはゴシップ系の情報網を通じてキャッチし、本人に事実確認したのだろう。本人がこれを認めたのであれば、それは「事務所として」対処しなければならない問題となる。影響は本人にとどまらず、所属ユニット、ひいてはハロプロ全体に及ぶ力を持っているからだ。果たして事務所はどんなことを優先させて、この問題に対処したのだろうか。公式サイトのコメントにはこうある。
(中略)今後予定されているデビューシングルリリースを含む
更なる活動の本格化を迎えるこのタイミングで、
改めて一人一人と話し合いを持ちました。
あくまでも話し合いの中心人物は村上ではあるが、「意思確認」という言い回しは間違っていない。有原を除く℃-uteメンバーはすでに「芸歴4年」の経験を積んでいる。彼女たちがこの世界へ足を踏み入れることになった際にも、同様の「意思確認」は行われていたはずだ。しかし、当時まだ全員が小学生だった頃に行われた「通過儀礼」は、本人に対してというよりは、むしろ保護者に向けての意味合いが強かったはずだ。皮肉なことではあるが「℃-ute」というユニット名が決まってから、精力的にその活動を続けてきたメンバー個々の「本人」に対して、改めて「意思確認」を行う機会となったのだと思う。
「意思確認」とは、すなわち「このままタレント活動を続けていく意思があるかどうか」を確認することである。これにはさらに多くの含みが持たせられている。すなわち「タレント活動を仕事として受け入れるか」ということ、「仕事とプライベートの区切りをつけられるか」ということ、「仕事のためプライベートに制限が加えられることを受け入れるか」などである。もちろん村上の場合、「プライベート」には恋愛に関する事柄も含めて考える必要がある。これを保護者である親とともに受け入れられるかどうか。事務所は「噂」に関する事実確認はしたものの、わざわざそのことについて持ち出すことをせず、親同席のうえで本人に問い尋ねたのだろう。コメントはこう続く。
全員と話し合う中、村上 愛から、今年の春先ぐらいから
自分の中で℃-uteの活動と日常の学校生活について常に葛藤を繰り返していた事、
来年2月に予定しているデビューシングルリリースやデビューコンサートに向けて
このままの気持ちで続けていく事への不安、等を聞きました。
これも勝手な解釈だが、村上の「プライベート」に変化が起きたのは「春先ぐらいから」と読むことができる。学校へ行けば、同級生が「当たり前にしていること」が、自分にはできない。仮にできたとしても、仕事仲間はもちろん学校の友人にも明らかにはできない。それが彼女の「葛藤」となったことは、容易に想像できる。
何度か話し合いを持ちましたが、
彼女のまだ様々な可能性のある14才という年齢、
なによりも本人が悩み抜いて出した結論だという事を熟慮し、
冒頭のような結果(引退)となりました。
可能性として、事務所は「噂」から彼女を守ることはできたのかもしれない。それでも目の前にある現実は、彼女に悲しい決断をさせるしかなかったのだろう。煙がくすぶりつづける中、彼女は好奇の目に晒されながらステージに立てるだろうか。仕事とプライベートとに心が分かたれたまま、歌いつづけることができるだろうか。「様々な可能性のある14才」を守るためには、それが最善の選択であったとも思える。
普通への憧れ
およそ4年間芸能活動に携わり、いよいよメジャーな世界へ踏み出そうという段階になっての「この選択」は、彼女の心に大きな痛手を残したはずだ。彼女自身、4年前には芸能界という「特別な世界」に憧れ、オーディションを勝ち抜き、選ばれて今の生活を始めたはずなのに。おそらくはオーディションを受ける以前からも、憧れの実現に向けた努力や試練を経験もしてきたことだろうに。
それでも、いわば「たった4年」の間に、彼女が憧れの視線を向ける先は「特別な世界」から「普通の世界」へと移っていたという現実がある。これには(彼女のファンに対しては言いづらいが)彼女の「慢心」があったのではないかと考える。これについては後述する。
14歳
「タレントとしての自覚が足りない」-。そういってしまえば、それまでである。しかし芸能人とはいえ「14歳」の少女の持つ自覚に、どれほどの責任を問えるだろうか。
「タレントが恋愛したっていいじゃないか」-。それも一理あるが、「14歳」のタレントにそれを許容する風土や環境があるかといえば、これも疑問である。
「プライベートの問題なのだから、触れる必要もない」-。これもその通りかもしれない。しかし、「14歳」の彼女にとっての「社会通念的な」プライベートとは、家庭と学校以外の場所に求めてはいけないのである。
これらの矛盾に満ちた「要求」は、「14歳」に限ったことではなく、同じ年代のアイドルタレントすべて(場合によっては成人していても)に課されている。彼女たちは、本当に特別な立場に「立たされている」のだということを、改めて認識しなければならない。これは、本人が認識すべきことというよりもむしろ、保護者をはじめとした周囲の人間に強く求められることである。そのファンですら、例外ではないはずだ。
前例
「恋愛ゴシップ」「突然の脱退」というキーワードを並べて、矢口の件を引き合いに出さないわけにはいかない。今回の件と比較したとき、相違点と共通点とをはっきりと認識しておかなければ、事務所の対応や本人の行動について、きちんとした評価ができないのではないか。
相違点ははっきりしている。矢口が成人であったのに対し、村上は未成年であった。こと「恋愛」というプライベートに関して、矢口は(功罪や進退というレベルではなく)自ら責任をとる立場にあったが、村上はそうではない。あくまでも責任は保護者に求められたはずだ。
村上の「プライベート」に関して、保護者はどこまで把握していたのだろうか。逆にいうと「ゴシップ」を避けたい事務所は、どれほど「プライベート」に関する指導または警告を発していただろうか。前述の通り「14歳」の自覚に求めるには限界がある以上、周囲の人間がやるべきことと、その程度が十分ではなかったといえるかもしれない。その結果がこれである。
そしてこれもタテマエ上のことではあるが、脱退という「選択」は本人によるものかもしれないが、最終的には、あくまでも保護者の責任において「決定」されたことなのだ。
共通点について考えると、どちらもグループにおける「優等生」であった。特に村上はキッズメンバー内でも「精鋭部隊」の一員に数えられる。℃-uteの活動が本格的になってきても、彼女の実力ならば、それほど苦もなくこなしていけたのかもしれない。おそらくは、学校生活も同様に、難なく両立できる学力と器用さを持ち合わせていたのだろう。
℃-uteというグループ内にあって、彼女のような「優等生」は、流行のファッションをとりいれたり、同年代の感覚や考え方を「輸入」してきたりする面で先頭に立ちやすい。すなわちグループの外(主に学校生活)に視線を向けることが多いのだ。他のメンバーは、自分の仕事を覚えたり、大量のスケジュールをこなしたりするだけで精一杯なので、グループの外に視線を向けることは少ない。このため必然的に彼女のような「優等生」は、グループの仲間から頼られる存在となり、そこに不思議な「特権意識」が生まれる。
外の世界では「普通に」友人たちが恋愛ごっこを楽しんでいる。でもグループ内では明確に(もしかしたら暗黙に)禁止されている。なんだか禁止されること自体が不当なことのように思えてくる(前述したように「恋愛禁止」は風土や環境から出てきたものであって、実際には彼女たちを保護するためのルールでもある)。そして「自分ならやりとおせる」「自分なら許される」といった、冷静に考えれば許容されない考え方がつきまとい、捨てきれないまま、いつしかそれに忠実に行動しはじめる…。こうして、本人でさえも考えつかなかった結果を呼び込んでしまう。
モラルのない世界
「人の振り見て我が振りなおせ」。残念ながら村上は過去の教訓から学ぶことはできなかった。いや、できない環境に置かれたのかもしれない。いずれにせよ、この「噂」について知り、その結果を見届けることになった少数の人間は「またか」という印象を持つしかなかった。
もしも「噂」が事務所にキャッチされなければ…、もしもネットで「祭り」にならなければ…、もしもストーカーがネットに公開しなければ…、このような結果は避けられたのだろうか。分からない。しかし、そのいずれかの過程において、たとえ最低限でもモラルが存在していたなら、避けられたことなのかもしれない。友人N氏は、最初にその「噂」に触れたとき、「噂の伝播役」とならぬよう、以降の不必要な発言を慎んだ。彼は村上をイチオシしていたわけではないが、ひとりのファンとして正しいモラルの持ち主だったと思う。
事務所が公式のコメントで「噂」の存在についてまったく言及していない以上、その真偽を問うこと自体が「無意味」になった。村上は公の場で「噂」に傷つけられることは免れたが、自らの意思でそこを去るという決断をせざるを得なかった。村上に問われた責は、名目上「本人のみ」に起因するものとして処理されたのだ。これは「モラルのない世界」の住人からタレントを守るためになしうる、最善の処置だったのではないかと思う。
別の理由
脱退の理由について、別の意見も聞いた。それはゴシップネタの発信源がストーカーであったということに関連する。「自分の身の回りを探る『見知らぬ人間』がいる」この事実に遭遇した恐怖から、脱退を決意したという意見だ。確かにそのような存在を知ってしまうと、日々おびえながら生活しなければならないという苦痛に、耐えられないのではないかという予想もできる。
しかし、ストーカー自体は、その行為が明確に犯罪と定義されるずっと以前から、特に若年アイドルの周辺には珍しくない存在であった(もちろん肯定されるべきものではない)。ハロープロジェクトキッズに関していえば、UFAが「アイドルの老舗的」な事務所であること、彼女たちはすでに4年以上の活動を行っていること、全員が東京近郊に住んでいるという環境を考えても、「しかるべき」ストーカー対策、もしくは必要な心得はできあがっているのではないかと思う。ただし、「ストーカーが発信源となり得た」ことについては、村上自身の油断に起因するものであるから、その責はやはり本人に問わざるを得ない。これは本当に残念なことだと思う。
空虚
情報をすばやく大量に入手できるようになった現代。今回の件で私は、知ることの「権利」と「責任」について、より強く認識しなければならない時代になったのだと、教えられた気がする。それは、自由を手に入れるのと同じように。
「突然の脱退」は、あくまでも村上本人の希望によるものとされ、ユニットのメンバーにしろ、関係者にしろ、もちろん彼女の大勢のファンにも覆せない「決定」となった。公式のコメントを通してこの決定を聞いた多くのファンは、彼女がほとんど何も言わずに去ってしまったことを悲しんだ。しかし、「噂」について知り、その結果を見届けることになった少数の人間は、同時に己の無力さをも思い知らされることになったのだ。
なぜか、「こと座」に関するギリシャ神話を思い浮かべた。
死んだ妻を連れ戻すため、その手を握って歩くオルフェウス
地獄の王と交わした唯一の約束は
「家に帰り着くまで、妻の顔を見てはいけない」
あと少しでたどり着くというそのとき、彼は振り返ってしまう。
なぜ約束を守れなかったのか。なぜ握った手を信じられなかったのか。なぜ家にたどり着くまで待てなかったのか。後悔は幾重にも重なる。
(Created:2006.11.08/Updated:2006.11.09)
最近のコメント