死んだらどうなる?
よくあるセリフ
割と不思議なことだが、自分が死ぬことを意識して生きている人は、圧倒的に少ない。
こういうセリフは、いじめられっ子がその境遇を苦にして…。とか、とんでもない失敗をしでかした中年サラリーマンが逃げ場を失って…。とか、とにかくひたすら消極的になってしまった人間が、「ぼそっと口に出す言葉」として刷り込まれているからだ。しかし、自分が明日も生きているという保証なんて、万人に等しくゼロだ。
「死」という言葉がネガティブなイメージの代表であることは確かだ。しかし避けられない事実(しかもすぐ隣に存在している)であるなら、自分としては、「そいつ」をもう少しポジティブに受け止めたい。
いろいろな宗教観があるので「死」を一概に定義することは危険なのかもしれないが、とりあえずここでは…
としよう。すなわち、その人の死亡した日が、人生の総決算の日である。良くも悪くも、その人が生まれたことの結果を出すとすれば、まさにその日だ。
自戒を込めて
時はだいぶ経過してしまったが、他にいい例が思い浮かばないので…。
歌手であり、また女優でもある本田美奈子が、急性骨髄性白血病のために亡くなったのは2005年11月6日のこと。人生半ばにして物語を閉じた故人を悼む声や、生前の活躍や期待されていた可能性を振り返る報道が、幾多の方向から発せられてきた。テレビではいくつかの特集番組が組まれ、彼女の歌声を収録したアルバムも複数発売された。
私はこういうことがあるたびに、いつも思う。その人が魅力的な才能を持っているなら、既に素晴らしい業績を積んでいるなら、まだ可能性に満ちているなら、そしてひどい病気に苦しめられているなら、なぜ生きているうちにスポットを当てられなかったのかと…。
もっともそれは、当然といえば当然であり、そして残念なことだと思う。そして別のある人間は、死をネタにして自分を売り込んだり、商売をしたりするのだ。
自分自身も例外ではない。誰かを誉めるなら、その人の意識があるうちに誉めたいと思う。機会があるなら、それを直接に伝えたいとも思う。葬式に立派な車で駆けつけて、弔辞に涙するだけの人間にはなりたくないと思っている。
だから自分を含めて、誰かを客観的に評価しようとするとき、私は心の中でその人を殺してしまう。「この人が今死んだら、どうなる?」と。
(Created:2006.09.26)
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コメント
若干遅くなりましたが、自分なりに考えてみたので(微妙に芯を外しているような気もしますが)トラックバックさせていただきました。
投稿: オーガ | 2006/10/01 23:33